目次
ゲーム中におけるクリアの重要性
クリアは「トラジション」
クリアは基本的には相手の攻撃権を奪う場合に生じます。しかし、自チームのミスでビルドアップなどに失敗し止むを得ずクリアする場合もあると思います。つまりクリアは単純にディフェンスの能力というわけではなく、攻守の切り替え(トラジション)に伴う技術であると言えます。相手の攻撃権を奪う局面もありますし、相手に攻撃の機会を与えない積極的ディフェンスとも取れるということです。
クリアしたボールのその後の振る舞いによっては攻撃の起点になるかもしれませんし、さらにルーズボールを争う局面になるかもしれません、悪い場合は完全に攻撃権を失います。
陣地の奪い合いとしてのクリア
また、陣地の取り合いとして考えるとどうでしょうか。自陣のバイタルエリアや相手のボランチがいるエリアにボールがクリアされた場合、攻撃権を相手に持たれているとリスクが大きくなります。クリアは飛距離、軌道、ボールスピードなどキックのパフォーマンスを十分に保てること、身体の向きやキックの方向をコントロールすることが重要になります。
単純ですが、育成年代ではクリアが飛ぶか飛ばないかでかなり試合展開やプレーの幅が変わると思います。まず単純にキックの飛距離があるかということも非常に重要です。
クリアとビルドアップ
サッカーをしていれば、ゲーム中に「ただ蹴らない」ことの難しさを実感すると思います。それはフィールドの選手としても指導者としても同じだと思います。たまたま何も考えず思いっきり蹴ったボールがうまく繋がってしまうこともありますし、狙いがあったにも関わらず敵に奪われて失点してしまうこともあるかもしれません。この選手に対して何をアドバイスして上げるべきでしょうか?
判断と実行力
サッカーの技術は「判断力」と「実行力」に分けて考えることができます。判断力は実際考えて自分で判断しているかという意味です。ですが、普通自分で考えたりしているか、判断できているかは他人にはわかりません。そこで、何かしら認知に関わるアクションをを行えている場合はそれは「判断している」考えていいと言えます。これは実際のプレー(この場合クリア)を行う前のアクションなので、「プレアクション」と呼びます。実行力は自分が考えたプレーを行う身体能力があるかということを意味します。
クリアかビルドアップか
では実際のクリアの場面から考えてみましょう。

これはサイドバックが敵オフェンスにプレッシャーを受けながらクリアをする直前の場面です。同じ選手が似たような局面にいますが、微妙に状況や仕草が異なります。左側の写真では、ボールに向かってまっすぐ向かっており、後ろの見えないところから敵にプレッシャーをかけられています。真後ろにいるから気付いていないわけではなく、真後ろにいること自体は認知している状態です。ですがこのボールと身体の位置関係では、ボールも敵OFもどちらも視野に入れることはできません。距離も近く、状況的には危険な状態です。右側の写真はDF選手の位置がよく、ボールと相手OFを同時に視野に入れられます。敵との距離、ボールへ入る角度もよく、クリア以外にもいくつか選択肢がある状態です。
プレアクションのチェック
チェックすべきプレアクションは、首振り、ルックアップ、ジェスチャー、声かけ、アイコンタクトといったような事前に情報収集を行うアクションです。このような仕草を行えていたのであれば、その選手は「判断している」といって構いません。もしクリアのミスがあったとしても、それは正しい戦術を教えてもらっていないか(理解していない可能性もありますが)実行力の問題であり、情報収集を怠ったわけではありません。
実行力

適切な情報収集が行えて、素晴らしい判断が出来たとしてもそれを実行する能力がなければプレーは失敗に終わります。クリアに必要な実行力は、助走を含むステップワークとロングキックが行えるかどうかです。場合によってはヘディングでもあります。
具体的に言えばステップワークはキックの助走角度とキックを蹴る方向と身体の向きに関係します。ロングキックはボールの弾道やスピードが十分であることが求められます。これがクリアとビルドアップに必要な判断力と実行力です。実際はステップワークとプレアクション(周りをみる、首を振る)は同時に起こっていることでもあります。相手や味方の位置、身体の向きを確認するために首を振ったりしながら蹴る方向を決めて、その方向へ蹴るために方向転換してボールに対する自分の位置を決めます。
最終的には相手から瞬間的に離れて、キックする時間や空間を作り出さなければいけません。クリアもビルドアップも、最終的に行うのはキックです。
ステップワーク

トラジションの結果(攻守が切り替わった時)、ボールを奪う時の身体の向きが良くないことがあります。ボールを奪った瞬間(攻撃になった瞬間)相手のゴールに向いていれればいい状態と言えますが、相手ゴールに背を向けていたり、横方向であったりする場合もあります。この場合、相手ゴール方向へ身体を向き直すためにステップワークが必要になります。
急激な方向転換が必要な場合

例えば写真の上側の場合のように、相手ゴールに完全に背を向けている場合はどうでしょうか?この場合は180度近い方向転換が必要になる上に、切り返す角度が大きいため助走がほとんどなくなってしまいます。これではキックの質を保つことが難しく、前線への選択肢がなくなってしまいます。このような状態では横に移動(ドリブル)をしたりして方向転換を分割するか、横にいる味方かGKへのバックパスなどを選択しなければなりません。必ずその選択肢が悪いわけではありませんが、相手が攻め気になりすぎて、カウンターが出来る局面であった場合はチャンスを失ってしまう可能性があります。
緩やかな方向転換が行える場合

例えば写真の下側のように、敵がいなかったり相手ゴールに対して半身が取れる場合を考えてみます。この場合方向転換を比較的余裕を持って行うことが可能で、質のいいキックができます。プレアクションで情報収集を行えており、ロングフィードも選択肢に入れている選手がこのようなステップワークができる状況であれば、キックの質さえ良ければいいビルドアップの起点になるかもしれません。もちろん、余裕があれば自分でボールを運ぶ確実な選択肢を選ぶこともできます。
急激な方向転換が要求されることもある
もちろんいい準備が出来て、余裕のある方向転換ができれば最高です。ですが実際のゲームではハードな状況も直面します。そんな時にこのような難易度の高いステップワークを行う場合でも素晴らしいキックやフィードができる選手がいます。実行力のある選手は身体の使い方がうまかったり、フィジカルが強かったりすることが多いです。実行力としてフィジカルのトレーニングは、このようなハードな状況を想定しておくことでより実践に生きてくると思います。
どうやって指導する?
まず、プレアクションが何らかの形で行えている選手の場合は何かしら意図のあるプレーをしていると考えてあげてください。情報収集は行えても、それをどう処理するか、認知するかは戦術的トレーニングで段階的に養われていくものです。まずは情報収集を行おうとしていること、つまりプレアクションを行なっているだけでもその選手は展開を考えているはずです。本当は考えていても、情報処理能力や実行力の欠如でプレーを失敗する選手を叱ってしまうことは、選手の成長を妨げることになります。
実行力の問題に関しては、トレーニングの難易度を考えることを考えて構成することが重要になります。僕はその辺のことを社会人選手であっても調整してトレーニングしていました。ゴールキックなどと比較すると、実際のプレーを想定した練習はかなりゲームに生きてくる実感があります。